(16) 奥の細道 「平泉」
藤原三代の栄華。平泉を訪れた人達は、一様に、時代の有為転変を、不思議のように味わうだろう。それほどに、丘稜 と林に囲まれた、あまりにものどかな田園風景が此処には広がる。中尊寺金色堂で語られる、黄金の文化の、面影はどこにもない。毛越寺の隣、王家の居館跡 の、巨大な敷石の群れを眺めても、この感懐は変らない。しかし、清衡、基衛、秀衛、・・・・・・・なかでも、三代目・秀衛が治める王国は、特に、強い勢力 を近隣に謳われていたという。
此地で、16歳の少年・牛若丸が、厚く庇護されるようになった経過は省こう。
それより以前、「保元の乱」では味方として、それぞれの親族を破った二人・・・・・、平清盛、源義朝が、次の「平治の乱」で、遂に雌雄を決することにな る。敗れた義朝の遺児たちは、四散して、やがて1180年(治承4年)になって、頼朝のもとに、成人した姿を見せることになる。
しかし、実の父にも勝る庇護者・藤原秀衛は、繰り返し、義経の出征を、押しとどめた。この賢者の目には、「事の行末」があまりにもよく見えていた。義経の 内にたぎる、源家の血がなせる業なのか。あるいは、生れついた戦略家としての才が、そうさせたのか、・・・・・・後世にまで語られる、「肉親相食む源家の 血筋」という運命に自らを投げ入れて行くことになる。
次兄・範頼が、数ヶ月を要して停滞した戦線を、義経は、僅か一ヶ月そこそこで収拾した。「一の谷」に続く「屋島」、「壇ノ浦」での完勝、そして平家の滅亡である。
北条家を中心とした、関東武者たちの権謀術数、源家総大将・頼朝の生まれながらの猜疑に歪んだ術策・・・・・、この環境で義経は、つまり、政治的感覚の全 く欠如した「軍事的天才」は、やがて、反乱者の汚名を着せられることになる。義経の逃亡生活は、京を中心に吉野にまで及んだ。そして、彼の行き先は、結 局、平泉しかなかった。
陸奥の王・藤原秀衛は、わが事のように喜び、義経を心から迎えた。
藤原四代目・泰衡は、いかにも暗愚の将として、今日に伝えられている。父・秀衛の遺訓は、たしかに、胸の奥に常に残っていた。「今日の源家の天下は、一 人、九郎殿(義経)の才によって、成し遂げられたもの。この九郎殿が、居るかぎり、ここ平泉王国は、誰が狙おうとも微動だにしない」。にもかかわらず、泰 衡は、鎌倉政府の執拗な要請に従ってしまう。
泰衛の急襲を受けた義経の陣容は、あまりにも手薄だった。今日にも残る「義経堂(高館)」を中心とした奮戦も及ばず、全軍が敗死した。
「弁慶の立ち往生」。少人数の守勢の先頭に立っての、忠臣・弁慶の大往生。全身に数十本に及ぶ矢を浴びていた。幼い頃、母親たちの口をとおして聞く物語。 この伝説(衣川)は、牛若との出会い(京・五条大橋)と同様、真偽の程は明らかではない。だが、衣川に北上川が交わる辺りの古戦場の姿は、丘に密生する木 立の隙間を通して、いかにも物悲しい。
「暗愚の将」とは言っても、藤原泰衡は、その王国の総大将に違いなかった。王国の多勢が、事を成就する・・・・・・・、そのとき、もう一つの悲劇が、僕の 想念に入り込む。日ごろ、義経びいきとされた豪胆な弟・忠衛も、兄・泰衡の攻撃によって、討ち死にした。後世に数多く語られ、伝えられてきた、肉親相食む 源家の相克は、ここ奥州の地にも波及したのだ。
稀代の軍略家・義経の首級が届けられれば、兄・頼朝にとって、また鎌倉軍団――、この恐るべき侵略集団にとって、もはや敵は無いに等しかった。藤原王国の滅亡は当然の帰結であり、義経亡き後、その帰結は、目前の出来事に過ぎなかった。
「衣川」とともに、芭蕉の記述にある「和泉が城」とは、あの不運な藤原忠衛の居城である。・・・・・・夏草や、つはものどもが夢のあと。
詩人・松尾芭蕉の俳句と叙述に、ロマン的描写を見出すことはできない。中世文学(平家物語、太平記など)に特有の「叙事的記述」の影響かもしれない。僕は・・・・・、そして多くの人達は、義経の悲運、また忠衛の無念を、この短い詩句に見出すことになる。
[後日談]
奥州侵略後、源頼朝は、今度は弟・範頼を粛清する。まるでスターリン、と僕は思う。だが、スターリンの死後、この政権を支えた、副首相マレンコフ、 GPU(KGBの前身)長官ベリアの内部抗争を経て、やがて、ブレジネフ、フルシチョフたちによって、スターリン一家は消滅する。
頼朝死後、後継者、頼家と実朝の宿命的な相克。頼家に替って宰相となった実朝は、頼家の子・公暁によって暗殺される。暗殺者・公暁は、「乱心者」として処罰され、頼朝直系の血筋は完全に絶えた。
全ては北条家の謀略である。子息達は、父・時政に倣って、源家の後ろ盾となりつつ、その滅亡を図った。北条義時の冷酷さは、性格破綻者・頼朝とは違い、時代の実権を掌握する適性と言えるのかもしれない。それは、スターリンに替わったフルシチョフに、いかにも類似している。
- 編集日時:2012/1/23 18:36:09
- 回答日時:2012/1/21 18:41:33